The Beach Boys : 15 Big Ones (1976)


15ビッグ・ワンズ15ビッグ・ワンズ
(2000/09/27)
ザ・ビーチ・ボーイズ

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1. Rock And Roll Music (Album Version)
2. It's OK (Album Version)
3. Had To Phone Ya
4. Chapel Of Love
5. Everyone's In Love With You
6. Talk To Me
7. That Same Song
8. TM Song

9. Palisades Park
10. Susie Cincinnati (Album Version)
11. A Casual Look
12. Blueberry Hill
13. Back Home
14. In The Still Of The Night
15. Just Once In My Life

[1974〜1976]

 前作の2枚組ライヴ盤『In Concert』(1973年11月)が全米第25位にランク・インし、周囲の評価は別として現役のバンドとしてなんとか踏ん張りを見せたところに再び変化が…とここで、流れを知るために1973年から1976年までの主な経緯をまとめてみます。

🔵1973年6月4日:ウィルソン兄弟の父・Murry Wilsonが死去。享年55歳。
🔵1973年12月:ブロンディ・チャップリン(g,vo)、当時新たに就任したマネージャーとの確執により脱退。
🔵1973年公開のヒット映画『アメリカン・グラフィティ』「Surfin Safari」「All Summer Long」が挿入歌として使用される。
🔵1974年前半:デニスの要望でジェイムス・ウィリアム・ガルシオ(当時Chicagoのプロデューサー)が短期間助っ人として招かれ、ライヴではベースを演奏。その縁もあり、メンバーがChicagoのアルバム『Chicago VII(市俄古への長い道)』(1974年3月)にバック・コーラスでゲスト参加(この中から「Whshing You Were Here」が全米第11位のヒット)。
🔵1974年6月発表のElton Johnのアルバム『Caribou』(英米第1位)にカール・ウィルソン、ブルース・ジョンストンがバック・コーラスで参加。当時ジェイムス・ウィリアム・ガルシオが所有していたスタジオでの録音。
🔵1974年6月:古巣のCapitolから2枚組ベスト盤『Endless Summer』発売。宣伝や『アメリカン・グラフィティ』の余波による相乗効果により全米ナンバー・ワン・ヒットとなり、ビーチ・ボーイズ人気復活の大きなきっかけとなる。
🔵1974年8月:シングル「Surfin' U.S.A.」が再発され、全米第36位の再ヒット。
🔵1974年11月:リッキー・ファター(d)が脱退。これ以降のアルバムにも時折ゲスト参加しています。これによりオリジナル・メンバーの編成に戻る。
🔵1974年12月:クリスマス・シングル「Child Of Winter」発表。
🔵1975年3月:「Sail On,Sailor」が再びシングル・カットされ、全米第49位を記録。
🔵1975年3月:ブライアン、California Music(ブルース・ジョンストンを含む3人組)の「Why Do Fools Fall In Love」をプロデュース。
🔵1975年4月:Capitolから『Endless Summer』の続編的2枚組ベスト盤『Spilit Of America』が発売され、全米第8位にランク・イン。見開きの中ジャケットには60年代と1975年当時の(デニス以外髭面になった)対照的なメンバーの写真が載せられていた。
🔵1975年5月:ブライアンと妻(当時)のマリリン、Jackie DeShannonのアルバム『New Arrangement』収録の「Boat To Sail」にバック・コーラスで参加(ちなみにこの曲、カーペンターズが1976年にアルバム『A Kind of Hush』の中でカヴァーしています。
🔵1975年5月:Chicagoとジョイント・ツアー"Beachago"開催(注:ちなみに日本では"Beachicago"と誤表記される事が多い)。
🔵1975年7月:ブラザー・レコードから編集盤『Good Vibrations』発売(全米第25位)。1966〜1972年までの曲から全12曲を収録。

[人気再燃とブライアンの危機]

 大きな変化は2つ。ブロンディ・チャップリンとリッキー・ファターの離脱と、ベスト盤『Endless Summer』の思わぬ大ヒット。60年代をリアル・タイムで接していない新しいファンも獲得し、コンサートも軒並み盛況。さらにその他様々な条件が重なり、グループのリバイバル・ブームの波が到来します。

 人気の再燃でグループは窮地を救われましたが、必ずしも手放しで喜べる状況ではありませんでした。1967年の『SMiLE』での挫折以降、人目を避けるように隠遁生活を送り、作曲やレコーディングへの参加も徐々に減りつつあったブライアンはこの頃、過食や喫煙、ドラッグへの依存がエスカレート、このまま行けば命も危ぶまれる程の深刻な状況に陥っていました。そしてこの状況を変えるべく1975年9月、家族はとあるセラピストに集中的な治療を依頼(・・・この種の話題は私的な要素を多く含み、触れるには難しい面がありますが、この時期の出来事をスルーしてしまうとさらに誤解を生む恐れが。より詳しく知りたい方は関連書籍で。読んで心境複雑になってもよければの話ですが…)。この治療はブライアンへの過干渉&と膨大な治療費の負担がグループに問題視されましたが、結果的にブライアンの健康面や現場復帰に向けて大きな効力をもたらし、徐々に回復へと向かっていたかのようでした。なんだか妙な書き方になってますが、この話の続きは次作で。

["Brian's Back"計画?!]

 ブライアンが自信を取り戻すべく精神的な治療やダイエットに必死になっていた頃、他のメンバーや当時のマネージャー、そして所属レコード会社の間で密かにある計画が進められていました。それが"Brian's Back"なる一大キャンペーン。人気再燃、結成15周年、ここで"今のビーチ・ボーイズ"はどうしてもヒットを出さなければならなかった。言い方は悪いですけど"長いものに巻かれる人たち"を巻き込んでさらに盛り上げるため、ここで"真打ち登場!"ってノリで長い間人前に出なかったブライアンが帰ってきたことを宣伝材料にしてしまおうと。

 ミーティングの場でその計画を後から聞かされたブライアンは困惑して激怒したと伝えられていますが(つまり本人に秘密にされていた…と)、しかし既に計画は進行中で後には引き下がれない。ブライアンの気持ちをよそに"Brian's Back"キャンペーンは大々的に宣伝され、先行シングル「Rock And Roll Music」は全米第5位、本作『15 Big Ones』は全米第8位の大ヒットを記録。さらにはテレビ特番が組まれ(後にDVD化)、ブライアンも単独で人気番組に出演するなど注目を浴びる事になります。

 勿論、ブライアンの本格的な復帰を待ち望んでいたファンも多かったとも思います。しかし、人々がこの盛り上がりに対して「?」と思い始めるのはレコードを買って針を落とした後か、テレビ特番を観てからだったのではないでしょうか(リアルタイムで接していない人が書くとこういう表現になる。というかこの当時の日本のファンの反応を示したものがあるといいのですが…)。アルバム・ジャケットに写る、いかにも70年代的な長髪&ヒゲなメンバーのうち、ブライアンだけがどこか様子が違うような・・・商業的には成功は収めたこのアルバム、内容面ではCD化された90年代以降も再評価された形跡もなく、現在も微妙な位置にあるというのが正直なところで…。なので無理にオススメはしませんが、この後はそのアルバムについてアレコレと触れてみたいと思います。

[アルバム]

 ブライアンのプロデュースによるオリジナル・アルバムが制作されたのは10年振りになります。当初の予定ではカヴァー曲集、続いてオリジナル曲のみで構成された2枚分のアルバムが制作されていましたが、最終的にはオリジナルが7曲、カヴァーが8曲という構成にまとめられています。

 演奏は基本的にビーチ・ボーイズの5人と当時のツアー・メンバー(Ed Carter,Billy Hinsche等)によってレコーディングされ、いくつかの曲でゲストや60年代に仕事を共にしたセッション・ミュージシャンが参加。珍しく、アルバムの裏ジャケットに曲毎の参加メンバーが事細かく記されています。

 メンバー編成が結成当時に戻ったものの、グループ内部の人間関係、彼らを取り巻く状況、スタッフも60年代とは異なるものでした。

 決め事は多数決が取られていたようですが、手っ取り早くヒット・アルバムを出そうと強く主張するメンバーやスタッフの意見が通り、音楽面で常に前進を望んだデニスやカールの主張は角に追いやられる形となり、このアルバムでの2人は曲は書かず、ヴォーカルと演奏のみに徹しています。時系列順に聴いていくと、聞き手側の好き嫌いやヒットの有無は別として、1968〜1973年にかけてのデニスやカールの音楽面での奮闘振りが逆に強まり、グループの懐メロバンド化に拍車がかかった印象が。それにしても…最年少で30歳になる直前だったカールは"懐メロの人"になるには若過ぎるし、デニスにしても複雑な思いだったのでは。2つ後のアルバム『M.I.U.』(1978年)でもデニスやカールの存在感が薄く、今にして思うと、後々グループが3分裂してしまう兆候はこの時既に始まっていたようにも。

 現在も賛否両論のカヴァー曲の殆どは、メンバーが10代の頃に慣れ親しんだ曲が選ばれているため懐古的趣味に感じる反面、聞き方によってはフィフティーズやドゥーワップ・ミュージックへの出会いに繋がる側面も。ビーチ・ボーイズのルーツ&原曲集のCDも発売されていますので、ここから色々と広げられる事も一つの楽しみ方として可能ではないでしょうか。
[収録曲]

1. Rock And Roll Music

 Chuck Berryの1957年発表の…というより、一般的には『Beatles For Sale』(1964年)でのビートルズ・ヴァージョンがお馴染みのナンバー。このビーチ・ボーイズ版では「Rock,rock,rock and roll...」というバック・コーラスが付けられています。リード・ヴォーカルはマイク。アルバムからの先行シングルとして1976年5月に発売され全米第5位と、アメリカでは久々のTop10ヒットを記録。ちなみにビートルズの『Rock'n'Roll Music』という2枚組編集盤が発売されたのは、このシングル発売の翌月の事。

2. It's OK

 代わってこちらはブライアンとマイクによるオリジナル。ビーチ・ボーイズらしいコーラスと(良くも悪くも)能天気な歌詞が印象的。リード・ヴォーカルはマイクで、曲の後半ではデニスも歌っています。1976年8月にシングル・カットされ、全米第29位にランク・イン。

 ちなみにベーシック・トラックはRicky Fataar(d)在籍時の1974年に録音。また、サックスでRoy Woodと彼率いるWizzardがゲスト参加(Roy Woodはビーチ・ボーイズからの影響を受けたソングライターの一人で、1973年にソロ名義でブライアンのトリビュート・ソング「Forever」を発表しているほか、The Move時代には「California Girls」をカヴァー)。

3. Had To Phone Ya

 ブライアンとマイクの共作。元々は1973年にAmerican Spring用に書かれたもので、当時は未発表。後の1988年に『Spring』(Rhino R2 75762)でCD化されましたが、そこでのクレジットはBrian WilsonとDiane Rovell(マリリン・ウィルソンの姉)となっていました。歌詞が一部を除いて違うので、恐らくマイクが新たに書き直したのではないでしょうか。

 このビーチ・ボーイズ版ではメンバー全員が交互にヴォーカルを取り、短時間で様々な表情を見せるブライアンならではのアレンジが聴き所("I visualize that you're lookin' fine〜♪"と歌われる辺りは「Guess I'm Dumb」を彷彿とさせる)。ただ…フェイド・アウト直前の"Come on,Come on and answer the phone〜♪"とガラガラ声で歌っているのがブライアンだという事実には、リアルタイムで接していない方でも驚くのでは…。
映画『I Just Wasn't Made For These Times』でのブライアンの証言や、近年のマイク・ラヴのインタビュー等を読むと、ブライアンは自分の声にコンプレックスを抱いていたようで、特に70年代に入ってからは喫煙回数も増え、やがてこのような、Bluesが似合いそうな声になってしまったという…色々書きましたけど、アルバムの聴き所の一つ。


4. Chapel Of Love

 ガール・グループ、The Dixy Cupsの1964年のナンバー(全米第1位)で、ビーチ・ボーイズ版は大元のThe Ronettes版を基にカヴァー(マイクがパオパオと歌っているパートはロネッツ版にも入っている)。リード・ヴォーカルはブライアンで、バックはシンセサイザーで味付けされている。
 
5. Everyone's In Love With You

 マイク・ラヴが単独で書いたバラード作品。アレンジとコーラスでキャプテン&テニール、フルートにCharles Lloyd、ハープでMaureen Love他、縁のある人達が参加。

6. Talk To Me

 リード・ヴォーカルはカール。Joe Seneca作で、原題は「Talk To Me,Talk To Me」。Little Willie JohnやSunny & the Sunglowsによってヒット。他にBobby Vee、Aretha Franklin等が取り上げています。スロー・テンポなR&Bから途中でFreddy Cannonのロックン・ロール「Tallahassee Lassie」へと強引に展開する。

7. That Same Song

 ブライアンとマイクの共作によるゴスペル風の作品。ブライアンがリード・ヴォーカルとピアノを演奏。1976年8月放送のテレビ特番ではこの曲を教会で黒人のコーラス隊と歌うシーンが登場(後に『グッド・ヴァイブレーションズ・ツアー』としてDVD化)。

8. TM Song

 リード・ヴォーカルはアル。『Friends』(1968年)以降度々題材にされている瞑想について歌っている曲。どこか週刊誌の広告欄に載ってる体験談風の歌詞はてっきりマイクが書いていると思いきや、実はブライアンによるもの。んー…人によっては真に受けるかもしれないし、今の人気グループが突然"この手の曲"を歌い出したとしたら周りは退きますよね…(苦笑)。ただブライアン自身は深入りはしていなかったので、特に深い意味も含みもなくポンと思いつきで出来た曲のようにも。冒頭のコントのようなやりとりや曲調を含め、どこかコミカルな印象のある曲。

9. Palisades Park

 6曲目で少し触れたFreddy Cannonの1962年のヒット曲で、他にJan & Dean、Ramones等がカヴァー。よく知られるように「Amusement Parks USA」のインスピレーションとなった曲で、元々アップ・テンポだったものをビーチ・ボーイズ版ではスローにアレンジ。リード・ヴォーカルはカール。

10. Susie Cincinnati

 アル・ジャーディン作によるノリのいいロックン・ロール・ナンバー。他のアルバムの曲とはサウンドの質感が違って聞こえますが、それもそのはず、元々はアルバム『Sunflower』のセッションで録音され、シングル「Add Some Music To Your Day」(1970年2月)のB面として発表された曲でした。

11. A Casual Look

 男女6人組のドゥーワップ・グループ、The Six Teensが1956年に発表した曲で、ビーチ・ボーイズ版のリード・ヴォーカルはマイクとアル。

12. Blueberry Hill

 リード・ヴォーカルはマイク。1956年にFats Domino(「Ain't That A Shame」で知られる)がヒットさせた曲。原曲はもっと古く、1940年にGlenn Millerによってヒット…と資料を写したような事を書いても仕方ない(笑)。いわゆるスタンダード・ナンバーなので、大量のカヴァーが存在します。ビーチ・ボーイズ版のレコーディングにはかつてのセッション・ミュージシャンのほか、当時はメンバーから外れていたBruce Johnstonがピアノで参加。

13. Back Home

 ブライアンの作品で、元々は1963年頃に書かれ、いくつかの資料には当時の友人のBob Norbergも作曲に加わっているとの説も。恐らく「Little Deuce Coupe」と同時期に書かれたと思われるブギウギ・スタイルの曲調で、レコーディングではブライアンがリード・ヴォーカルとピアノとオルガン、カールがベース、デニスがドラムを演奏。

14. In The Still Of The Night

 The Five Satinsが1956年に発表した曲で、こちらも多羅尾伴内楽團、ザ・キング・トーンズ、Boyz II Men等、多くのカヴァーが存在するようです(注:色々調べてみると、Jazzに同名異曲があり、そちらも大量のカヴァーが存在する)。ビーチ・ボーイズ版のリード・ヴォーカルはデニス。演奏はデニスがドラム、他はブライアンによる多重録音(バック・コーラスは勿論ビーチ・ボーイズ)。声が以前より低くなってしまったものの、ブライアンのファルセットが聞ける。あと、右からギターが聞こえるにもかかわらず何故かクレジットから抜けているのが謎。

15. Just Once In My Life

 アルバムのラスト・ナンバーは「ふられた気持」「Unchained Melody」で知られる男性デュオ、The Righteous Brothersが1965年にフィル・スペクターのプロデュースで発表した曲(全米第9位)で、キャロル・キングとジェリー・ゴフィン、フィル・スペクターの作品。ちなみにキャロル・キングによるデモ・テイクが2012年に『Legendary Demos』として発表されています。

 ビーチ・ボーイズ版はブライアンとカールの"兄弟"が歌い、リリース当時は脱退していたBruce JohnstonやRicky Fataarがゲスト参加。スペクターの"ウォール・オブ・サウンド"に対して、ビーチ・ボーイズ版はシンセサイザーを全面に出したサウンド。改めて聴いてみるとどこか次作『Love You』の予告編のようにも聞こえたり。
[おまけ:別ヴァージョン各種]

Rock And Roll Music

1 : Single Version

 シングル・ヴァージョンではバック・コーラスが中央に配置(Album Versionは左)、歌詞の1番の("アー"と歌っている)バック・コーラスがなく、全体を通してシンセ・ベースが前面に出ている。
(収録CD)
『Greatest Hits 3 1970-1986 The Best Of The Brother Years』(2000年)

2 : Album Version

 一般的に流通しているアルバム・ヴァージョン。シンセ・ベースがSingle Versionとは異なる。

3 : 2012 Mix With Extra Verse

 2013年8月発表のボックス・セットで登場した別ヴァージョン。過去のリリース版ではカットされていたファルセットのコーラスや歌詞(タンゴやマンボ等が出てくる部分)が含まれているほか、エンディング間際で低音のコーラス・パートが登場する。
(収録CD)
『Made In California (カリフォルニアの夢)』(2013年)

It's OK

1 : Single Version

 シングル・ヴァージョンはピッチ(テープ・スピード)が上げられています。
(収録CD)
『Greatest Hits 3 1970-1986 The Best Of The Brother Years』(2000年)

2 : Album Version

 一般的に流通しているアルバム・ヴァージョン。

3 : Alternate Mix

 2013年8月発表のボックス・セットの中で登場した別ヴァージョン。冒頭に、どこか同時期録音の「Child of Winter (Christmas Song)」の裏メロにも似たキーボードのイントロが含まれているほか、ミックスのバランスも若干異なっています。
(収録CD)
『Made In California (カリフォルニアの夢)』(2013年)

Had To Phone Ya

1 : Album Version

 一般的に流通しているアルバム・ヴァージョン。

2 : Instrumental Track

 2013年8月発表のボックス・セットの中で登場したヴォーカルなしのインスト・ヴァージョン。これがただのカラオケ版で終わらないのがビーチ・ボーイズ。『Pet Sounds』のボックス・セットがそうだったように、演奏パートだけでもブライアン独特のアレンジが堪能出来る。
(収録CD)
『Made In California (カリフォルニアの夢)』(2013年)

Susie Cincinnati

1 : Stereo Mix

 アルバム及び「Add Some Music To Your Day」(1970年2月)他複数のシングルに収録の、一般的に流通しているStereo Mix。ベスト盤『Greatest Hits 3 1970-1986 The Best Of The Brother Years』(2000年)に"Original Single Version"との表記がありますが、ミックス自体はアルバム・ヴァージョンと同一(元のテープのジェネレーションやマスタリングの差異がある程度)。

2 : Mono Single Version

 シングル「Child of Winter (Christmas Song)」(1974年12月)のB面に収録されていたモノラルのシングル・ヴァージョンで、未CD化。車のマフラー音のSEはアルバム・ヴァージョンでは曲の途中から入るのに対し、シングルではイントロに入っている。(一部情報提供:K.坂本さん/更新:2016年2月17日)

3 : 2012 Mix

 2013年8月発表のボックス・セットに新規Remix版が収録されています。2のMono Single Versionを基本にしたようで、SEはイントロから挿入され、リード・ヴォーカルはシングル・トラック(アルバム版はダブル・トラック)に替えられ、演奏より大きめにミックス。従来版ではカットされていた部分も所々に。間奏のギター・ソロはアルバム版では右だったのに対し、2012 Mixでは左になっている等の細かな違いが。
(収録CD)
『Made In California (カリフォルニアの夢)』(2013年)

Back Home

1 : 1963 Version

 1963年に録音されたオリジナル・テイク。リード・ヴォーカルはブライアンで、1976年版で聴けた「Back Home〜っ♪」のファルセットがなく、サウンドはどこか当時のフィル・スペクター・サウンドを研究したような跡が。
(収録CD)
『Made In California (カリフォルニアの夢)』(2013年)

2 : 1970 Version

 2つ目は1970年、アルバム『Sunflower』のセッションでのテイクで、アル・ジャーディンがリード・ヴォーカル。歌詞もアルによって書き直されて歌われています。また、1963年版になく1976年のリリース版にあった「Back Home〜っ♪」のコーラスがエンディングで登場する。
(収録CD)
『Made In California (カリフォルニアの夢)』(2013年)

3 : 1976 Version

 一般的に流通している、1976年発表のアルバム・ヴァージョン。
[CDについて]

[1:1991年盤]
(ジャケットありませんスミマセン)
『15 Big Ones』((日本盤)Sony SRCS 6094)

◎1991年にアメリカのEpicと、日本のSonyが初CD化。
(主な特徴)
🔵アメリカEpic盤には表ジャケットの下に"D I G I T A L L Y R E M A S T E R E D"の表記がある。日本盤は表記なし。
🔵日本盤は歌詞・対訳・解説書付き。

[2:2000年アメリカ盤]

『15 Big Ones / Love You』((アメリカ盤)Capitol 27945)
◎2000年8月にアメリカCapitolから発売されたCD。

(主な特徴)
🔵『Love You』との2 in 1形式でCD1枚に収録。
🔵2000年リマスター音源。
🔵ブックレットには英文ライナーを掲載。

[3 : 2000年日本盤]

15ビッグ・ワンズ15ビッグ・ワンズ
(2000/09/27)
ザ・ビーチ・ボーイズ

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『15 Big Ones』((日本盤)東芝EMI TOCP-65570)

◎2000年に発売された日本盤CD。なお2008年には1,500円期間限定盤も発売されています。

(主な特徴)
🔵2000年リマスター音源。
🔵歌詞・対訳・解説書付。

[4 : 2008年紙ジャケット仕様日本盤]

『15 Big Ones』 ((日本盤)EMI Music Japan TOCP-70550)

◎2008年7月に発売された日本盤CD。
(主な特徴)
🔵LPジャケットのデザインをミニチュア化した紙ジャケット仕様。
🔵2000年リマスター音源
🔵歌詞・対訳・解説書。

[5 : 2016年日本盤]

『15・ビッグ・ワンズ』((日本盤)ユニバーサル・ミュージック UICY-25605)

◎2016年4月6日に発売予定の再発盤。2000年盤と同内容で、盤はSHM-CDになります。
(主な特徴)
🔵SHM-CD
🔵2000年リマスター音源
🔵歌詞・対訳・解説書付
[配信版]

🔵 iTunes Music Store配信版

🔵 Amazon MP3版

🔵 moraハイレゾ版 (2015年10月16日発売)
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(作成:2004年8月14日/更新:2008年8月26日,2012年4月19日,9月22日,12月23日,2013年9月5日,10月9日,2015年10月16日,2016年2月17日,3月5日)
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